母親とペットの死

小職も子供の頃、犬を飼っていました。

と言っても純粋な雑種。小学校の低学年の頃、学校の帰り道でひろってきた犬です。名前はジョンという。

ジョンは雑種で小柄な犬だったが、小職が大学を終えるまで生きていたのだから犬の中で長生きした部類。その長寿故に、名古屋市から表彰されたと母親から聞いたこともある。

そのジョンが息を引き取ったとき、母親は悲しくてならなかったそうだが、小職の姉には、それがいまでも許せないことのようで、母親が亡くなって久しい今も、母親の思い出話になると決まって口にする。

我々の父親である夫が病院で息を引き取った時にも、涙ひとつ見せなかった母親が、ジョンが老衰で死んだとき、いつまでも泣き続けていたことが納得できないという。

しかし、夫を亡くして以降も、いつもそばにいてくれたのは他なぬ老犬のジョン。母親にとっては確かに夫以上に大事な存在であったかもしれないが、夫と犬とを同列に並べること自体が憚られるというもの。

長年生活を共にした犬が息を引き取る時、涙見せたからといって、それは、われわれの父親が母の中で犬以下であったことには決してならないと母親に一番かわいがられた末っ子の小職は今も固く信じている。夫婦ってそんな面もある?
レオナルド・ダ・ピンチ